INSIGHTS | IP STRATEGY

特許(IP)戦略としてのサウンドデザイン
他社に真似できないブランド資産の守り方

IP戦略としてのサウンドデザイン

苦労して築いたブランドの差別化が、気づけば競合に模倣されている——多くの経営者が直面するこの悩みに、ほとんどの企業は「また新しい施策」で応じ、認知を取り直すたびにコストを払い続けます。しかし差別化の一部は、法的に囲い込んで模倣そのものを排除できます。ブランドの音がそれです。音は「作って終わり」の販促物ではなく、登録し、独占し、資産計上しうる知的財産(IP)になり得ます。文字や図形と同じように、音そのものを商標として囲い込めば、他社の模倣を排除し、積み上げた認知を減価させずに守れます。問うべきは「良い音を作れたか」ではありません。「その音は、他社に真似できない資産として守られているか」です。

模倣される差別化、守られる差別化 ― 音は「登録できる資産」になる

日本の特許庁は2015年、従来の文字・図形に加え、音・動き・ホログラム・色彩・位置といった新しいタイプの商標の出願受付を開始しました。これにより、サウンドロゴやジングルは「音商標」として登録可能な独占権の対象となりました。登録されれば、同一・類似の音を第三者が無断で使うことを排除できます。音は感性の産物であると同時に、貸借対照表に載る無形資産へと転化し得るのです。

重要なのは、音商標が「他社と見分けられるか」を評価する基準が、他の種類の商標と本質的に変わらないという点です。核心はただ一つ、「その音を聞いて、消費者がどのブランドかを思い浮かべられるか」です。この「見分けられる力」は、認知獲得コストの削減に直結します。聞いた瞬間にブランドが浮かぶ音を持てば、広告を打つたびに一から名前を覚えてもらう必要が薄れるからです。当社はこの力を設計段階から定義するために、音の印象を感情価(心地よさ)と覚醒度(高ぶり・落ち着き)の2軸・各4項目計8項目で数値化して扱います。狙った印象で固有性を定義し、IPで守ります。これが本稿の骨子です。

「機能から出る音」は守れない ― ハーレーの教訓

守れる音と守れない音を分ける最大の分かれ目が、機能から自然に生まれる音かどうかです。商品の使用に不可避に伴う音、機能から自然に生じる音は、特定企業の資産として独占できません。象徴的な失敗例がHarley-Davidsonです。同社はV型ツインエンジンが生む独特の排気音を音商標として出願しましたが、同種エンジンなら他社でも似た音が出るとして異議が相次ぎ、「他社と見分けられる音か」「機能から自然に出ただけの音ではないか」が問われ、最終的に出願を放棄しました。任天堂も「マリオのコイン取得音」の権利取得を断念しています。効果音や機構音は「誰の資産でもない」領域に落ちやすいのです。

ここに設計の意義があります。この壁を避けるとは、「機能から自然に出る音」ではなく、「狙った印象に意図的に配置した音」を作ることに他なりません。テンポを落とし、低く温かい響きとやわらかな和音で、安心を感じさせる音に整えます。あるいは繊細で上質な短音で、静かで上質な音に据えます。狙いを意図的に選ぶことが、そのまま「機能から出た音ではない」という固有性の担保になり、守れる資産——すなわち模倣を排除できる差別化——へと変わります。

「見分けられる力」は「一貫使用」で育つ ― 狙いをブレさせない

もう一つの要件が、「その音とブランドが結びついている」という消費者の認知を育てることです。音商標の登録には、継続的・実質的な使用を通じて消費者がその音とブランドを直接結びつけていることを示す必要があり、米国ではおおむね5年以上の使用が一つの目安とされています。日本で初めて「音楽的要素のみからなる音商標」——大幸薬品「正露丸」のラッパ、インテル、BMW——が登録された理由も、長年CMなどで使われ広く知られている点にありました。社名を含む久光製薬「ヒサミツ」が短期で登録された一方、歌詞のない純粋な音は高い認知度を示すことが求められます。

つまり「見分けられる力」は、狙いをブレさせない運用によって育ちます。ロゴを毎回作り変えれば、消費者の記憶に固有の印象は刻まれず、そのたびに認知獲得コストを払い直すことになります。同じ狙い・同じ音の質感で一貫して鳴らし続けること——このガバナンスこそが、法的な「見分けられる力」=資産価値を積み上げます。とりわけ安心を感じさせる音(落ち着き×温かみ)は、この一貫使用が最も効きます。反復によって「信頼」という無形資産をブランドとの確かな結びつきへと結晶させれば、ブランド信頼が高まるだけでなく、その信頼をIPとして固定し、競合が奪えない資産にできるのです。

上質・安心・先進 ― 狙う印象別のIP戦略

音商標は依然として希少です。近年EUIPOで登録された音商標は約30件にすぎず、同時期の文字商標7.5万件超と対照的です。米国でも通年の出願は50件程度にとどまります。希少であるということは、狙う印象を先に押さえて音で登録すれば、競合のいない領域を独占できることを意味します。先行者利益は大きいのです。

  • 上質(落ち着き×先鋭さ):遅く繊細で上質な短音。高級車の起動音のように、模倣困難な高品位音を固有資産として囲い込みます。品位そのものを独占します。
  • 安心(落ち着き×温かみ):遅く温かい和やかな響き。金融・保険・BtoB・コーポレートに適合。一貫使用でブランドとの結びつきを獲得し、信頼を法的資産へ転化します。
  • 先進(高ぶり×先鋭さ):短く鋭い音。インテルの4音やNetflixの「Ta-dum」のように、数百ミリ秒でも強力な見分けの目印になり、テックや新商品で空白の領域を先取りできます。

資産価値の裏付けもあります。インテルのサウンドロゴのブランド価値は数億ドル規模と評され、強いブランド資産を持つブランドはブランドパワーが76%、広告訴求力の知覚が138%高いのです。NBCの3音チャイムやMGMのライオンの咆哮といった歴史的資産も、いずれも固有の印象を長期に守り抜いた結果です。

結論 ―「固有性」を設計し、IPで囲い込む

他社に真似できないブランド資産は、偶然には生まれません。それは、どんな印象で、どの音の質感で立つかを設計し(固有性の定義)、機能から出る音という壁を避け(機能から出た音ではないこと)、狙いをブレさせず一貫して鳴らし続け(見分けられる力の獲得)、音商標として登録する(法的囲い込み)という、一連のIP戦略の産物です。SoundGovernanceは、この「定義」から「保護」までを一つの基準で貫くための羅針盤です。Music is identity——そのアイデンティティを、資産として守り抜くために。

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